昔々の、お話です。
 まだ世界が混沌に満ち、全てが乱れていた頃のお話。

 あるところに、王様がいました。
 王様には、それは美しい、息子がおりました。
 金の髪、金の瞳、滑らかな頬、華奢な肉体。
 王子は、生まれたときから体が弱く、長生きできないと言われていました。
 予告通り、王子は若くして病に倒れてしまいます。

 王様は、息子をとても愛していました。
 妃様は、息子をとても愛していました。

 そう、ほかの何を犠牲にしても。

 王様と妃様は、死神と契約をします。

 「このお城の全ての命と引き換えに、息子を治してほしい。」

 死神はこう言います。

 「いいえ、まだ足りない。」

 王様は、ならばといいました。

 「この国にある、全ての命と引き換えに。」

 死神は、言います。

 「いいえ、まだ足りない。」

 妃様は、泣きながら言いました。

 「では、どうすればいいのですか。何を、引き換えにすればよいのですか。」

 死神は、にやと笑って言いました。

 「そうですね、ある村にいる、悪魔の子供。」

 その命と引き換えになら、返してあげてもいいでしょう。

 王様と妃様は、必死に子供を探します。
 悪魔の子供を。

 ですが、この国のどこにも、悪魔の子供は見つかりません。

 それに、悪魔の子供がどんなものか、二人は知らないのです。

 死神は言いました。

 「次の新月までに、子供を連れてこれなければ、この王子の命は、私が頂きましょう。」

 それは、死神の意地悪でした。
 悪魔の子供なんて、居なかったのです。

 それに気づいた妃様は、悪魔を呼び出しました。

 「我を呼び出したのだ、何が望みか。」

 「悪魔の子供が、欲しい。」

 「悪魔の子供、か。お前が望むか。」

 「いいえ、もう生まれそうな命が、この城にいるはず。」
 「その命を、悪魔のものにしなさい。」

 「その望み、確かに聞き入れた。」
 「だが引き換えに、お前の魂、我が喰らうぞ。」

 「子供が生まれたのなら、喰らうがいい。」

 悪魔と妃様は、約束しました。

 次の日、悪魔の子供が生まれました。
 妃様は、悪魔の子供を引き取り、王様に託しました。

 「これが、悪魔の子供です。」

 その晩、妃様は、死にました。
 魂だけを悪魔に喰われ、空っぽの目で、王様を眺めるだけ。
 王様は悲しみましたが、死神に、悪魔の子供を差し出しました。

 死神は、言いました。

 「穢れきった魂が、こんなに増えた。」
 「そろそろ全て、頂きましょう。」

 王様は叫びます。

 「王子は、王子の魂は!」

 死神は、高らかに笑いました。

 「王子の魂は、とてもとても清らかで、天使が持っていきました。」

 王様の国は、滅びました。

 誰もかれもが、死んでしまいました。