人間は、千年前に過ちを犯した。
それは偶然ではなく必然であり、彼等がそうなることを望んで行ったのだ。
だから神話に書き記されることを拒むが、罪という烙印は消えることはない。
月日が経つにつれ、その記憶も薄らぐ。
そして明るみになることを恐れ、事実を隠す。真実として世に出そうとしていた同族を殺し闇に葬る。
それを繰り返していくうちに、真実は偽りとなり偽りは真実へと代わってしまうが、決して忘れることはない。
そう、彼等が許さない。
◇◆◇◆◇◆
頬を撫でる冷たい風によって、エリザは意識を取り戻す。
まどろみの中を彷徨う視線で周囲を確認すると、誰かの腕の中にいることに気付く。
何気なく視線を上げた瞬間、一瞬にして意識が覚醒した。
自分を抱いているのはフリムカーシ。
驚いたエリザは暴れ逃れフリムカーシから逃れると、彼女の顔を見詰める。
気に入らないという感情が前面に表れている表情に、視線は痛いものであった。
「おはよう。気分は、どうかな?」
目覚めたエリザに声を掛けてきたのは、ユーリッドだった。
その皮肉が込められた笑い方に、ドキっと心臓を鳴らし視線を失礼とわかっていながら視線を逸らしてしまう。
彼は竜と呼ばれている存在であり、そしてリゼルという名を持ち世界を創造した、あらゆる物の父であり母。
「……リゼル様」
震えた声で、相手の名前を呼ぶ。
彼女が発した名前にユーリッドは声を上げ笑い出し、困ったような表情を作る。
何かいけないことを言ってしまったのかと動揺するエリザであったが、特に怒っている様子は見られない。
それどころか、その名前で呼ばないで欲しいと頼む。
「ユーリッドでいいよ」
「で、ですが……」
「人間としてこの地にいる。だから、正体は知られるわけにはいかない。エリザは、特別だけどね」
「わ、わかりました」
特別――その言葉に、エリザの胸がチクっと痛み出す。
それは人間が犯してしまった罪に対しての償いではなく、ユーリッドに対し抱いてはいけない別の感情を抱いてしまったからだ。
だが、エリザはその思いを胸の奥底に仕舞う。
これは、絶対にあってはならない感情だから。