麗しき初秋の匂いが大地を覆い尽くし、黄金色に色付いた麦穂は重く首を垂れ風に靡き心地良い音色を奏でる。

 その音色は風の強弱により演奏を変え、街道を行き交う人々の耳を楽しませていた。

 色付いた木々の葉は秋の訪れを教え、冬の備えを促す。

 自然が演出する美に対し特別な感覚を持つ者であったら、この光景をそのように表現するだろう。

 それほどまでに、秋という時期は美しかった。

 広い田園地帯を突き抜けるように造られた一筋の街道を、一台の馬車がのんびりと進んでいる。

 ガタガタと車輪を鳴らし突き進むこの馬車が目指すのは、多くの人間が生活を送る大都市。

 白い屋根が印象的なこの馬車は村や街を繋ぐ定期便の役割を持ち、乗せられているのは人間だけではなく食品に衣料品、薬品など生活に必要な物資が大量に積まれ馬車の中は窮屈そのもの。

 その時、馬車の中にハープの音色が響き渡る。

 誰かが優雅な旅に華を添えてくれる――と馬車の乗客は期待し音色に耳を傾けるが、次の瞬間乗客の全員が苦痛に顔を歪めて呻き声を発する。

 音程が外れた音色は乗客の脳の奥底を刺激し、頭痛を誘発させる。

 また乗り物酔いに近い症状も発生させ、一部の乗客は寝込んでしまう。

 それに合わせて語られる詩は不快そのもので、乗客の大半が両手で耳を塞ぐ。演奏相手に殺意を抱いたのか、目付きが鋭かった。

「下手!」

 演奏の途中で、誰かがそう叫んだ。その声音の主は十代前半の少年で、無邪気で善悪の区別が付かない人物の言葉ほど相手の胸に深く突き刺さるものではない。

 「下手」言われた側のショックは相当のもので、ぐったりと項垂れ今まで演奏に使用していたハープを膝の上に置く。

 音痴を披露したその者の職業は、俗にいう吟遊詩人。

 しかし吟遊詩人は名ばかりのもので、彼の歌声は多くの者の精神状態を不安定にする。優雅な馬車の旅は悪夢へ変化し、一瞬にして地獄絵図と化す。

 特に老人に対しては寿命に影響を与えてしまったのか、顔色が悪い。

 この吟遊詩人は想像を絶する音痴そのもので、その歌声で多くの者を感動させるどころか不快感を蓄積させていく。

 大半の大人達は彼の歌声にやられてしまったのか、誰もが口をつむぐ。

 だが、彼の歌声の影響をものともしない例の子供は、吟遊詩人に向かって本音を言っていく。

 その言葉の数々は更に相手を追い詰めていき「歌が下手」ということを正直に言い悪い部分を指摘しだす。

 また、止めとばかりに吟遊詩人を指差し抱えてケラケラと笑い出す。