「逃げますか?」
「いや、このままでいよう」
「はい」
全員の声が重なった。誰一人として怖気づき、身の安全を図ろうとする者はいない。
この場所に集まる者は同士であり、共に真実の探求に向けて日々研究を続けてきた。
今更、自分だけが助かろうとする愚か者はおらず、全員がこの場で異端審問官を向かえる気でいた。
「お前は、逃げるんだ」
「何ゆえです」
「この真実が書かれた本を守るのが、お前の勤めだ。奴等に、これを渡すわけにはいかない」
「し、しかし」
「聞け! 我々の調べたことは、いつか公にしないといけない。それが、あの方への償いに繋がる。人は、この罪から目を背け生きてはいけない。機会を見て、これを公開するのだ。そしてあの方に許しを請い、甘んじて罰を受けよ。それが、人類の消滅に繋がっても……」
言葉と共に開いていた本を閉じると部屋の隅に置かれていた四隅が解れ変色している布で包み、相手に差し出す。
それを受け取ったのは、先程窓から外を覗き呟いていた男。
この中で一番若い――それが本を護る者として選ばれた理由のひとつであったが、もうひとつ訳があった。
「義父さん」
「娘を頼む」
「で、ですが……」
囁いた声音は、震えていた。男は同志達の意見を求めようと、周囲を見渡す。
しかし円卓を囲む仲間達は皆項垂れ、その意思に従う素振りを見せていた。誰も反対はしない。
寧ろ、この本が消えてしまうことを恐れていた。だからこそ、無言で「早く行け」と、促してくる。
「我等が意思、お前に預けた」
「行け! 早く」
義父の言葉に男は反論できず躊躇いの表情を見せるが、男はそれを振り切るように踵を返すと裏口から外へ飛び出す。
そしてがむしゃらに走り続けたが、途中で視界が滲んでくる。
しかし、皆から託された希望を無にするわけにはいかない。これを失ったら真実が闇に沈んでしまい、聖職者が今以上に好き勝手に振る舞い死者が増える。
刹那、後方から悲鳴に似た声が響き渡る。
男は脚を止め反射的に悲鳴が響いた方向に振り返ると、ある一点を凝視した。


