それにしても、彼という存在はどう言葉で表してよいかわからない。
謎めいた人物なら何人も出会ってきたがこれほど謎が多い人物はなかなかおらず、彼の明確な正体が判明しない。
考えごとをしていると、パイプオルガンの音色が止まった。
その後、暫しの沈黙が続き再び低音の音色が響き渡った。
どうやら二曲目を歌うらしく、今度の歌は以前司教が語っていた神話の内容を示したもの。
精霊に捧げる歌詞ではないが、神聖な内容には変わりなかった。
刹那、ユーリッドの身体が過敏に反応を示した。
確かに、内容は神話そのもの。
しかし、天地創造の部分ではない。
そう、これは――
「……時の眠り」
それは、約千年前の出来事を示していた。
時の眠り――そのように呼ばれている出来事は、人間が起こしてしまったおぞましく愚かな行為として語り継がれている。
今回、礼拝堂で歌われているのは「過去を忘れてはいけない」そのような意味合いを込めているのだろう。
しかし――
最後まで聞いているはずであったが、ユーリッドは途中退場をしてしまう。ゆっくりとした足取りで後方へ向かい、外に出る。
扉を閉めると同時にエリザの姿が視界に入ってきたが、悪いという気はない。それどころか感じるのは激しい嘔吐感で、肩で呼吸を繰り返す。
「難しい顔をしているね」
その時、不愉快な声音が耳に届く。すると器用に顔を横に向けると、其処に立っていた人物を凝視する。
其処にいたのはエリックであり、次の瞬間ユーリッドは拳を作るとエリックを殴った。
「な、何を!」
「貴方に出会ったら、殴ろうと思っていました。それに、貴方の顔が殴って欲しいと言っていまして」
「ひ、酷い。美しい顔が……」
「そのようなことは、どうでもいいです」
「ああ、つれないねー。礼拝堂の中にも入れないというし。全く、何がいけないというのだ」
司教が語っている途中で笑い出し尚且つ入浴中の人物を気絶させてしまったのだから、立ち入り禁止になってしまう。
それを本人が自覚しているのかは不明だが、表情から察する所多少は反省している様子はない。
それに殴られた痛みは感じていないのか、エリックはケロっとしていた。


