(爺ちゃんが言っていたこと、わかるよ)
どうしてこの手記を孫に手渡したのか。同じ学者の道に進んだ孫に、未来を託したというのか。
しかしその真意を聞き出そうとしても祖父はこの世に存在せず、昨年の冬に死を迎えた。
ユーリッドは手記を閉じると先程と同じように布に包み、誰にも見付からないように荷物の一番下に仕舞い込む。
そして大きな溜息を付くと、エリザが待つ礼拝堂に向かうことにした。
◇◆◇◆◇◆
賛美歌が唄われる礼拝堂の中は、多くの信者達で溢れていた。
空いている席は瞬く間の内に埋まって、タイミングを逃すと満席になってしまい最悪後方で立ち見をしないといけない。
ユーリッドは瞬時に空いている席に腰を下ろすと、徐に周囲の状況を確認していく。
あの件から、エリックの存在が妙に気になってしまう。
彼は、あのように見えて自称吟遊詩人と名乗っている。
何処かで賛美歌が歌われると聞きつけたら、絶対に顔を見せるに違いない。
しかし幸い彼の姿は何処にもなく、どうやら「礼拝堂で賛美歌が歌われる」ということを知らないようだ。
最悪最強の人物がいないとわかった瞬間、周囲に気付かれない様に口許を緩めた。
狭く身動きが取り難い場所でエリックと一緒になってしまったら、逃げ場所がない。そのことは、司教の話で経験済み。
また、今回はエリザとの約束があるので途中退場は避けたかった。
だから、ユーリッドはエリックの登場を恐れた。
そして、彼は心の中で精霊達に願う。賛美歌が終了するまで、元凶になりえる存在のエリックが礼拝堂に訪れませんように――と。
心の中で願いを呟き終えた後、ユーリッドは懸命に発声練習を繰り返す修道士や修道女に視線を移す。
どうやら彼等は本職の聖歌隊というわけではなく、この日の為に急遽結成した聖歌隊というところか。
果たしてそのような集まりで、上手く歌うことができるのだろうか。
ユーリッドは本物の聖歌隊の歌声を聴いたことがあるので、別の意味に心配になってしまう。
カツカツ。
その時、何か乾いた物を叩く音が礼拝堂に響く。
その音に一瞬にして、周囲から音が消え去る。
そして静寂が包む空間にパイプオルガンの重厚な音色が流れていき、続き女性の高音の声音が響く。
その両方が上手い具合に混ざり、何とも表現し難い神秘的な空間を生み出した。


