風の放浪者


「そういうことだから、宜しく頼む。何かわかったら、声を掛けてくれればいい。ただし、人間の前では姿を見せるな」

 フリムカーシの性格を熟知しているユーリッドは、彼女が命令に反して自分勝手の行動を取らないように釘を打つ。

 事前に言っておかなければ、彼女は感情のままに動いてしまう。

「わたくしは、マスター一筋ですわ。ただ、可愛いモノに対しては分け隔てなく愛情を……」

「それが困るんだ」

「失礼いたしました」

 ユーリッドはフリムカーシの性格を理解しているので、それをいちから説明されても困るし別にどうでもいいと態度で示す。それに今、やるべき事柄が待っている。

 フリムカーシはユーリッドの言葉に深々と頭を下げると、怪しく瞳を輝かせた。先程とは違い、其処には高位の精霊が纏う威厳が感じられた。これこそ、秋を司る精霊の本来の姿といっていい。

「後は頼む」

「御意」

 突然の変化にユーリッドは苦笑すると、軽く手を振り立ち去るように告げる。

 その動作に再び頭を垂れると、彼女は空間に溶け込むように消え去る。

 予想外の人物の登場にユーリッドの疲労が蓄積してしまい、これで賛美歌を聞かないといけないのだから疲れて眠ってしまう可能性が高い。

 盛大な溜息と共に寝台に腰を下ろすと、隅に置いてあった荷物を引き寄せ布に包まれた物体を取り出す。

 丁寧に包んである布を剥ぎ取ると、その中に仕舞われていた物に視線を落とす。

 それは、一冊の古めかしい本。ユーリッドは徐にページを捲り、其処に書かれている文字に指を走らせる。

 外見は古い印象があった本であるが、中身は意外にも新品に近い。

 真実は、物事の裏に存在する。

 書き記されている文字は、見覚えがあった。

 何故ならこれはユーリッドの祖父が書いたものであり、大事な手記。

 彼が大切にしていた物はこれであり、大好きだった祖父との繋がりを失いたくないという気持ちが強い。

 だからエリザが荷物を持ってきた時、真っ先にこれを心配した。

(爺ちゃん)

 祖父が病に倒れ寝たきりの状態になってしまった時、これを手渡された。「大事に持っていてほしい」この言葉と共に。

 その時はどのような意味で言っていたのか理解できなかったが、後でその意味を知ることになる。

 一見、この手記は毎日の出来事が事細かに書かれている日記のような物であったが、時折おかしな文章を発見し当時は興味の対象として読んでいた。