「それで、温泉に入ることはできるのでしょうか。何だか、凄まじい状況のようですが……」
「温泉は、暫くお持ち下さい。中で倒れている人を全て運び出しましたら、入れるようにいたします」
修道士の話では、まだ中には多くの人間が取り残されているらしい。
一体、エリックは何人の犠牲者を出したというのか。
ここまで被害を拡大させたからにはそれ相応の罪として裁かれる方が世の中の平和に繋がるとユーリッドは考えるが、その当事者は何処にもいない。
「その方でしたら、帰りました」
多くの人間を気絶させたというのに、先に帰ってしまったのだろう。
ユーリッドは「責任を取れ」と言いたいところだがいたらいたで別の意味で事件が発生してしまうので、彼がいないことが幸いだった。
「僕も手伝います」
「いいのですか?」
「早く、温泉に入りたいですから」
「助かります」
エリックの後始末をするのは癪であったが、流石に見て見ぬ振りはできない。
ユーリッドは修道士に連れられ脱衣所の中へ立ち入ると、信じられない光景を目撃し唖然となってしまう。
青白い顔をした者達が、全員白目をむいて気絶している。
まさに地獄絵図というべきか、改めてエリックの歌声の破壊力を知ったユーリッドの顔が徐々に引き攣っていく。
そして自分がこの温泉に浸かっている時に歌われたと思うと、背中に冷たい物が流れて落ち身震いする。
「それでは、お願いします」
「わ、わかりました」
肉体労働の連続に身体が悲鳴を上げるが、気絶している者達を運び出さなければ温泉に浸かることはできない。
ふと、エリックの顔が脳裏を過ぎる。そして「次に会ったら殴り倒す」と心に誓うと、ユーリッドは修道士と共に気絶している者をせっせと運び出すのだった。
◇◆◇◆◇◆
その夜、ユーリッドは修道院が管理している宿泊所の一室で休んでいた。
様々な件で世話になったことに対してのささやかな礼ということで、無料で宿泊できるように手配してくれたのだ。
しかし宿を探さなくていいと思う反面、また肉体労働を強いられるのではないかと危惧する。


