「お待たせしました。あれ? どうしました」
「先程の店に荷物を置いてきてしまって、それを温泉に入る前に取りにいこうを思って……」
「それでしたら、私が代わりに取ってきます。ですので、温泉にゆっくりと浸かっていて下さい」
彼女はユーリッドにタオルを押し付けると、駆け足で街へ続く坂を駆け足で下りていく。
突然の行動に慌てて相手を呼び止めようとするが、その姿は遥か彼方にあった。
せめて温泉がある場所を教えてほしかったが、求める相手はもう何処にもいない。
世話しない修道女に肩を竦め苦笑いをすると、ユーリッドは立ち昇る湯気を目印にして温泉の場所を探すことにした。
◇◆◇◆◇◆
温泉がある方向に進むにつれ、周囲が地熱で温かい。
それを頼りに暫く歩いていると、着替えの場所か木製の建物が視界に映り込む。
その場所に多くの人が集まっているのでこの場所が正解だと確信するユーリッドであったが、周囲に漂う不穏な空気に訝しげな表情を作る。
休んでいる者達の顔が青白く、誰もが吐き気を催している。
また中には苦痛に呻いている者もおり、数人の修道士が倒れている者を運び出していた。
何か事件が発生したのか――ユーリッドは恐る恐る作業をしている修道士に話し掛け、温泉場で何が起こったのか尋ねた。
「皆、のぼせてしまいました」
「温度が高いのですか?」
「いえ、別の要因が関係していまして……」
修道士の口調は、明らかに震えていた。刹那、ユーリッドは例の人物を思い出し身震いしてしまう。
そして修道士の話から自分の予想が正しいものだと知ったユーリッドは、項垂れるしかできなかった。
彼等にとって最大の不幸は、温泉に浸かっていたことだろう。
音痴の吟遊詩人エリックの歌声の影響で大半の人間が温泉の中で気絶してしまい、必然的に長時間の入浴状態になってしまう。
唯一の幸いは死者が出なかったことだが、エリックの歌は殺傷能力が高すぎる。
(傍迷惑な)
エリック本人は温泉に浸かり気分良く唄っていたに違いないが、彼の歌を聞いている側は迷惑この上ない。
まさか疲れを癒す為に浸かっていた温泉の中で、精神的苦痛を味わうとは――修道士の困り果てた表情が不憫そのもので、それに精神攻撃を受けた側も可哀想であった。


