「お疲れでしたら、温泉に入るのが一番宜しいですよ。あの温泉の効果は、疲労回復になります」
「そうします」
「それでは、少しお待ちください」
言葉と同時にコトンっと、テーブルの上に何かが置かれた。
体勢を変え音がした方向に視線を向けると水が入ったグラスの存在に気付き、グラスの中には薄い緑がかった液体が左右に揺れていた。
この土地の地下水は、温泉の影響で薄緑の水が湧き出している。
飲み水として何ら問題はないが、知らない者がはじめてこれを見た時必ずといっていいほど驚き、文句を言うことをユーリッドは思い出す。
(ふう、あの人間は何だよ)
ふと、エリックの顔を思い出してしまい思わず毒付く。
馬車の中で出会いそれっきりの関係だと思っていたが、こうも付きまとわれると何だか“腐れ縁”というものを感じてしまう。
二面性を持ったお調子者で、尚且つ掴み所のない食えない人物と関係を持ってもいいことなど全くない。
だからエリックが“腐れ縁”と“友情”を求めてきても拒絶の意思を示すと彼は決意する。
脳裏に浮かぶ憎たらしい表情を浮かべるエリックの幻想を懸命に振り払うと、料理ができるまでの間、気分転換というかたちで窓に映る風景を楽しむ。
その時、白と黒を基調としている修道服を纏った十代後半の少女が入店し、肩で呼吸を繰り返しつつ店内の奥へ向かう。
「こんにちは」
修道女は厨房の奥を覗きつつ誰かを呼ぶと、その声音に反応するかのように店の主人らしい女性が奥から姿を現す。
その人物は恰幅のいい五十代前半の女性で、腰に巻かれているエプロンが調味料で汚れていた。
「あら、いらっしゃい。ああ、いつものが欲しいのね。ちょっと待っていて。今、持ってくるから」
「すみません」
「いいのよ。困った時は、助け合わないと」
そう言い残した後、女主人は恰幅のいい身体を揺らしつつ店の奥へ戻って行く。
そんな何気ないやり取りを眺めていると、ユーリッドの目の前に白い湯気が立ち上る具沢山のシチューが置かれた。
食欲をそそる美味しそうな香りに、ユーリッドはスプーンを手に取ると熱々のシチューを口に運ぶ。
すると、大量の荷物を両脇に抱えた女主人が姿を視界の中に映り込む。
彼女が持つ荷物の量に修道女は目を丸くし、どのように運べばいいか迷っているのか何処か落ち着きがない。


