人間は、拠り所がないと生きていくことができない。その為、精霊に祈る行為はその拠り所を示している。
たとえ言葉がなくとも「自分達を見ている」という思いが安心感を生むからだ。
我等を許したまえ。
祈りは願いだけとは限らず、中には己の罪を懺悔する者もいる。人間は罪深き生き物――そのように言われるようになったのは、いつの頃か。
それは誰一人として知らない。知らないが心の奥底から何かが訴えかけてくるものに突き動かされ、人々は罪を精霊に乞う。
刹那、鐘の音が鳴り響く。それは昼が訪れたことを知らせる合図で、その音に促されるかのように店の窓から香ばしい香りが漂う。
それに釣られるかたちで、多くの人間が店へ吸い込まれていく。
その匂いに誘われることのなかったユーリッドは、一歩一歩踏み締めるような足取りで緩い上り坂を登っていく。
其処は舗装され石が綺麗に敷き詰められた階段であったが、長年多くの者達が行き来している所為か尖った角は丸みを帯び形成された当時とは異なり滑らかさが感じられた。
一体、どれだけの年月が経過すればこのような形に変形するのか。
これから知ることができるのは、祈りの場所である修道院が建設された年代。また、この場所を訪れた大まかな人数も判明する。
無意識に天を仰ぐ。彼の視界の中に映り込んだのは、至る所に飾られている沢山の美しい花。
それは一箇所ではなく多くの場所で見受けられ、これは祭りの象徴なのか花に囲まれた街は甘い香りで包まれていた。
それに向き合った家と家の間には綺麗に染色されたリボンが通されており、それは赤や黄色という暖かい色彩。
それらは紅葉した木々に等しく、秋という季節を演出するのに一役買っていた。
修道院へ向かう途中、歩き疲れたユーリッドは休憩の為に脚を止めた。
彼が休憩場所に選んだのは、道に敷き詰められている石と同じ物を使用して造られた小さいながら丈夫で細かい模様が彫られた橋。
そして橋の下を覗き見れば、キラキラと光り輝く小川が流れていた。
その川の中で、数人の子供が水遊びをしていた。水遊びには不似合いな季節だが、ベルクレリアの周辺には活火山があるのでその影響で川の水は温かい。
また地下水も地熱で温められ「温泉」というものが地中から湧き出しているので、この街の修道院は湯治場としての役割も持つ。
温泉は、自然の恩恵と賜物。そのように言われるようになったのは、数百年前から。
その年代から温泉は人々の生活の中に浸透していき、今ではベルクレリアの名物まで成長し世界中の人々に知れ渡っている。
結果、祈りを目的としている者の中にはこの温泉を楽しみにしている者も多い。


