「君は、これからどうするんだ?」
「暫くこの街に滞在しますが」
「そうか。なら、時々会うこともあるだろうね。また会ったら、是非とも声をかけて欲しい」
その暑苦しい笑い顔に少年は「二度と、会いたくない」と、心の中で叫ぶ。
相手を睨み付け拒絶の意思を全身で示すが、精神面も相当鈍感なのか笑顔を絶やさず手を振り続けている。
「一曲歌いたいね」
彼の発言に、少年を含めた乗客の身体が一斉に反応を示す。この場で狂った音程の歌を聞いたら、多くの者が失神しその場に崩れ落ちてしまう。
それだけ彼の歌と演奏の破壊力と影響力は凄まじく、それを間近で聴いた馬車の乗客は逃げるように彼のもとから去っていく。
このような場所で唄われたら一大事と、周囲の者達は吟遊詩人に気を使い出す。
まるで腫れ物に触るかのような余所余所しい彼等の言動であったが、周囲の温かい気遣いと心の叫びを知ってか知らずか、吟遊詩人は自身の妄想と独自の理論を述べ周囲にいる者達を困らせはじめる。
「やはり、酒場というのが基本だよね」
「そうでね」
「で、何処かな?」
「……知りません」
数々の困った言動に、少年は早くこの場から立ち去りたい心境に駆られる。
それが関係してか「先を急ぐ」と早口で言うと、素早い動作で吟遊詩人に背を向けた。
しかし、彼の何気ない一言が少年の動作を止めた。
「そうだ、自己紹介くらいしないとね」
「ユーリッド。それが僕の名前です」
「私は、エリック・ジャクスン。宜しく、ユー君」
吟遊詩人エリックの発言に、ユーリッドと名乗った少年は言葉を詰まらす。
互いに知り合い関係であったら相性で呼び合う場合もあるが、他人同士の相手を愛称で呼ぶこと自体有り得ない。
その非常識とも取れる発言にユーリッドの眉が動くが、理性で感情を封じ込めた。
「宜しく……お願いします」
「うん。宜しく」
そのように言った後、ユーリッドは反射的に舌打ちをしていた。相手に「宜しく」と言ってしまった手前、言葉の通りに仲良くやっていかないといけない。
いつもの癖で言ってしまった言葉はユーリッドにとってそれは失言であったが、エリックにとっては嬉しい言葉だった。


