「毎回、これだけは慣れない」
吟遊詩人という職業柄、普通は旅に慣れているのだが、彼は激しい腰痛に悩まされているらしく、腰をくの字に曲げポンポンと叩いている表情と姿は愉快そのもので周囲の笑いを誘う。
「わーい、爺だ」
馬車の中で吟遊詩人を苛め遊んでいた少年は相手を指差すと、大声で笑い出す。
どうやら先程の調子を取り戻したのか、少年の言葉は容赦ない。
少年の笑い声と言葉に馬車から降りた乗客だけではなく周囲を歩いていた者達も、誘われるかのようにクスクスと笑い出す。
流石に同一人物から二度も貶されると、腸が煮えくり返る。
相手が子供であろうと関係ないらしく「正しい躾は、小さい頃から」といいたいのか、吟遊詩人は少年相手に説教をはじめる。
「君、大人を敬う心はないのかね」
「うん。ないよ」
間髪いれずに返された言葉に、吟遊詩人の身体が硬直してしまう。
口をパクパクと動かし、振るえる人差し指で少年を指差す。
その情けない姿に少年は鼻で笑うと、痛い言葉を続けた。
「だって、他の人は元気だよ。だから、爺だ」
「くそー、最近の子供は」
話術を得意としている吟遊詩人が、子供相手に口で負けてしまう。馬車の中の件といい、彼にとって最悪な一日であった。
しかし周囲は、誰も吟遊詩人に救いの手を差し伸べはしない。
関わりたくない。
いや、このやり取りが愉快だから差し伸べない方が正しい。
素人の少年に敗北する吟遊詩人を滅多に見られるものではなく完全なる敗北を確信した吟遊詩人は、その場に崩れ落ちた。
「す、すみません」
「きちんと教育してほしいね」
刹那、復活を遂げた吟遊詩人は黒色の前髪を掻き揚げつつ立ち上がる。
そして不適な笑みを浮かべつつ、自分を厳しい言葉を言い続ける子供を一瞥した後、母親に向かって強気に出る。
「で、では……私達は……」
これ以上彼と関わりを持ちたくないのだろう、母親は我が子を連れ逃げるように立ち去ってしまう。
母親に引き摺られる形の少年の表情は何処か不満そうであったが、吟遊詩人と目が合った瞬間、最後の攻撃を繰り出す。
何と少年が、吟遊詩人に向かって舌を出したのだ。


