負け犬も歩けば愛をつかむ。

三階に着き、木製の焦げ茶色の廊下を歩いてすぐ、“ustensile(ユステンシル)”と金色で書かれたドアを開ける。

ユステンシルとはフランス語で調理という意味らしい。ここから、私の一日の業務が始まる。

中へ入り、まっすぐ進むと厨房、右にある部屋は休憩室兼事務所となっている。

まず着替えるためにこの部屋のドアをノックすると、中から女性の声が返ってきた。



「はーい! 水野くん?」

「違いますよ~、千鶴です」

「あぁ千鶴ちゃん! どうぞー」



ドアを開けると、ちょうどコックコートのボタンを留め終えた、パートの園枝(ソノエ)さんがいた。

セミロングのくるくるしたくせ毛に少しふっくら体型の、五十歳のおばちゃん。

いつも笑顔で人の良い園枝さんだけれど、現在高校生の息子を女手一つで育ててきたというバツイチ女性だ。



「おはようございます」

「おはよう。昨日は残業で遅くなったでしょう?」

「帰ったら八時でした」

「あらま! ご苦労様~」



労ってくれる園枝さんに、私はロッカーに上着を掛けながら笑顔を向ける。