負け犬も歩けば愛をつかむ。


桜の蕾がわずかに開き始めた四月初旬。朝八時の空はすっきりと晴れ渡っている。

駐車場に車を停めた私は、そこから程近い、ヨーロッパ風のアンティークがお洒落な雑貨屋に向かう。

けれど、まだ開店前のお店には当然入れず、私の目的もここではない。


雑貨屋の裏手にあるエントランスの扉を開けるとすぐにエレべーターがあり、その小さな箱に乗って五階建てのビルの三階へ向かう。

ここにあるのが私が働く職場、社員食堂“ラ・スルス”だ。


雑貨の企画や製造、販売を行う会社“ラヴィー・メルベイユ”。この本社ビルで働く社員達の食事を作るのが私の仕事。

雑貨屋の会社のビルというだけあって、百人程度の社員が入るほどの大きさだけれど内装がとても凝っている。社食も食堂じゃなくカフェやレストランと言っていいくらい。

今まで何の洒落っ気もない社食で働いていたから、こんな素敵な場所で働けるなんて!と、一ヶ月前の私はかなり心躍らせていた。


というのも、このラ・スルスでチーフとして働いていた女性社員が妊娠して退社することになり、その代わりに先月から私が異動してきたのだ。

彼女は切迫流産の危険で絶対安静と指示が出されてしまったため、私に辞令が出されたのはかなり急だったんだけどね。