厨房に戻ると、案の定皆は椎名さんと私の話で持ち切りだった。



「千鶴さんカッチコチに固まってるんだもん、おもしろかったー」

「そりゃあんな男前に迫られたら仕方ないわよ、真琴ちゃん」



明日の仕込みの続きをしている園枝さんが、切った野菜を大きなビニール袋に詰めながら言う。

ついさっき帽子を被り直されたことも思い出し、私は顔に熱が集まるのを感じた。

俯く私を、水野くんがニヤリと口角を上げて覗き込む。



「赤くなってやんの。ちづってウブだよね~、三十路に見えねーよ? 童顔だし」

「うるさい。負け犬」

「ひどっ! 褒めたのに!」



ずり下がってきていたマスクを上げ、水野くんを睨んだ私だけれど。

恋愛も、胸をときめかせることもご無沙汰だから、少しのことで動揺してしまうのは確かだ。



「でも昨日偶然逢った人が上司だったなんて、本当に運命感じちゃうわねぇ」



私達のやり取りを見ながら笑っていた園枝さんが言うと、真琴ちゃんもくりくりとした瞳を輝かせる。



「ほんとほんと! これは行くっきゃないですよ、千鶴さん」

「いや、だってまだ好きとかそういうんじゃないし……」

「あまーい!!」



いいですか!?と包丁を置いて私に向き直る真琴ちゃんにつられて、私も背筋を伸ばしてしまう。