「ちょっとおいで」



小さく手招きされ、キョトンとしたまま言われた通りに椎名さんに近付く私。

すると、彼の手は私の頭に伸ばされ、思わず肩をすくめるとふわっとキャスケット帽を取られた。



「帽子斜めになってる。そんなに急いで追い掛けてこなくてもよかったのに」

「あ、すみませ──」



彼の右手が、私の乱れたボブの髪の毛を梳かす。

突然触れられたその優しい手つきに、言葉だけでなく呼吸までもが途切れた。



「……はい。これでよし」



もののニ、三秒で帽子を被り直され、ぽんっと頭に手を置いた彼は満足げに笑う。

まるで子供にするかのような扱い。でも、でも……っ!

不意打ちで髪に触れられるって、こんなにドキドキするものなのね!?



「じゃあ、頑張ってね」

「……は、はひ……!」



特に何も気にしていない様子で、扉が開いたエレベーターに颯爽と乗り込む彼に、心臓を踊らせたまま気の抜けた返事をする。

なんか私、本当にハマっちゃうかも……。


またまたぽわんとして彼を見送る私は、何気なく視界に入ったエレベーターの表示にはっとした。

上下どちらに向かうかを表した三角が上向きになっている!



「椎名さん、それ上──!」



言った時にはもう遅く。
一階へ向かわなければならないはずの椎名さんは、上へと向かっていってしまった。

ざ、残念過ぎる……!

さっとマスクを上げて、一人笑いを堪えていたことは言うまでもない。