「……幸斗さん、っていうんですね」

「あぁ、なんか幸せになれそうな名前だろ」



彼の名前を口にすると胸がトクンと鳴って、無邪気に微笑まれるとキュンとした。

何も特別なことはない。

けれど、一つずつ彼のことを知っていくたびに、私の中で温かくて心地良い気持ちも積み重ねられていくような気がした。



話を終えると、椎名さんは厨房の皆に「お疲れ様でした」と声を掛けてスルスを後にする。

また来てくれる時を楽しみに、私も彼を見送ったのだけれど。

休憩室に戻って再び身支度を整えようとしていると、テーブルの上に一本のボールペンが置かれたままになっていることに気付いた。


これ、椎名さんが使ってたやつ……。

別に今度会った時に渡してもいいくらいのものだろうけど、今行ったばかりだから追い掛けるか。

手にしていた焦げ茶色のキャスケットの帽子を適当にぽふっと頭に乗せると、ボールペンを持って休憩室を出た。


廊下に出るとすぐに、エレベーターを待っている彼を発見。

「椎名さん!」と呼んで駆け寄ると、彼は少し目を丸くして私を見る。



「春井さん? どうした?」

「これ、お忘れ物です」

「あぁ、ありがとう。ごめんね、わざわざ持ってきてくれて」



ボールペンを受け取った彼は、私に目線を戻すと、ふっと口元を緩める。