「……いや、椎名は恋愛で仕事が手につかなくなることなんてないよな。ただの五月病か」



少し考えを巡らせた後、納得したように自己完結させる小野。

入社して以来、俺がこいつに恋愛について語ったり相談したことはないに等しいからな。そう思うのも当然だろう。

というか、この歳で男同士で恋愛話なんて滅多にしないし、特に話そうとも思わないが。


五月病を否定せず、今度はちゃんと醤油に刺身をつける俺に、小野は小鉢に入った漬物をパリパリと噛みながらこんなことを問い掛けてくる。



「でも、そろそろ椎名も身を固めたいとか思わない? 結婚はいいもんだぜ。彼女作れよ」



小野はもう五年前に結婚して、奥さんと三歳になる娘と、絵に描いたような幸せな家庭を築いている。

同じく五年前、俺は付き合っていた彼女と別れた。


彼女が結婚したがっていたことには気付いていたが、まだその気になれなかった俺ははぐらかしていて。

次第にすれ違っていき、始めは小さかった溝がいつしか修復不可能になっていたのだった。


……そう、特別結婚願望があるわけではなく、“いつか出来たらいいな”ぐらいにしか思っていなかったのに。



「最近そう思うようになってきたよ。結婚もいいなって」



春井さんと出逢ってから、自然とそんなことを考える自分がいるのだ。