負け犬も歩けば愛をつかむ。

「こんばんは、椎名さん」

「こんばんは」

「中に春井さんもいましたが、待ち合わせですか?」

「えぇ……」



にこりと紳士的な笑みを見せる彼に曖昧な返事をすると、彼はその笑みを崩さずにこう言った。



「今、彼女に香水を選んであげていたんですよ。すみませんね、あなたと待ち合わせていたとは知らず、僕好みの香りを纏わせてしまって」



──“僕好みの香り”だって?

男の独占欲を駆り立てるような言葉に、胸の奥がちりちりと焼けるような感覚を覚える。

何故そんなことを俺に言うんだ? それに……春井さんのことを、この人はどう思っている?



「では、失礼」



意味深な言葉の真意を理解出来ないでいる俺を嘲笑うかのように、彼は不敵な笑みを残して去っていく。

髪の長い女性も、気まずそうな表情で軽く会釈をし、専務の後を追い掛けていった。


胸の中を波立たされたままひとまず店内へ入ると、俺を見付けた春井さんにふわりと笑みが広がる。



「椎名さん! お疲れ様です」

「お待たせ」



仕事以外で会うのはやはり気分が高潮するし、笑顔を見るだけで胸がじんわりと温かくなる。

……が、俺に駆け寄る彼女から漂うのは、専務が選んだというフローラル系の香水の香り。

それが鼻腔をくすぐるたびに、言い様のない嫉妬が渦巻いてしまう。