負け犬も歩けば愛をつかむ。

本社の廊下に面しているドアの鍵は、廊下にある物置スペースの中に忍ばせてあり、スルスの皆と椎名さんしかその場所は知らない。

最初に来た人と、最後に出る人が鍵の開け閉めをすることになっている。

今日は私以外の皆はそれぞれに用事があって帰ってしまい、残っているのは私と椎名さんだけ。

一応返事はしたけど、さすがにこのまま帰るのは気が引けるよ。



「……それ、発注ですか?」



コーヒーに口をつけて一服する彼に聞くと、「あぁ」と言って頷く。



「だいたいのメニューは決まったから、あとは原価の問題だ。
食材費の超過分はメルベイユからもらうってことになってるけど、だからって何も考えずに発注するわけにいかないからね。なるべくコストが掛からないように、とりあえず主要な材料からどの業者に頼むか検討をつけてるんだよ」



そうだよね……食材ごとに安く手に入る業者を選んで頼まないとすごい金額になりそうだもの。

本当は私がやらなければいけない仕事のはず。

それなのに、何も言わずに彼がやってくれているのは、きっと私に負担が増えないように気遣ってくれているに違いない。

その優しさが嬉しくもあり、けれどそれ以上に申し訳なく思う。



「私にも何か手伝わせてください。部下なんだから」



そう言うと、私を見上げた椎名さんはふっと笑みをこぼし、バッグの中から取り出したファイルを手渡す。



「じゃあ、このレシピの分量を表に打ち込んでくれるかな?」

「了解です!」