愛想笑いを浮かべて目を逸らしつつ、そそくさと彼女の横を通り過ぎようとすると。



「椎名さんって、とっても優しいですよね」



初めて投げ掛けられた挨拶以外の言葉に、私の足はピタリと止まる。



「たいして交流もない、私なんかの相談にも快く乗ってくれて。……私、ますます彼のことが好きになりました」



──ますます、好きに……?

ざわつく胸を抑えるようにバッグの持ち手をぎゅっと握りしめ、九条さんの方を振り返る。

彼女は私を見据え、夕方だというのに色落ちしていないグロスが輝く唇の両端を持ち上げた。



「あなたも好きなんですよね? 春井さん」



核心を突かれて、ドクンと心臓が音を立てた。

どうして知ってるのよ……専務にでも聞いたの?

動揺が顔に出てしまっているだろう私に、彼女はクスッと笑みを浮かべる。



「羨ましいです。能力を買われたわけでもなく、ただの異動でチーフになって、彼のそばにいられるあなたが」



……何ですって?

突然吐かれた毒に、カチンときた私は眉根を寄せる。

完璧だけれど、どこか冷たい笑顔を作る九条さんが、専務と重なって見えた。



「まぁ、それはともかく。いつか言おうと思っていたので、今言わせていただきます。
──私、負けませんから」



せ、宣戦布告。

そんな綺麗なお顔で言われると、ものすごく迫力があって怯んでしまう……けれど。