そんな私に、椎名さんはひょいとケースを持ち上げてみせる。



「あ、これね。今下で魚屋さんと出くわしたもんだから」

「そーそー、兄ちゃんあんたらと同じ社員だっつーから、ちょっと手伝ってもらったんだよ! おれぁ腰がいてーからさぁ」



椎名さんの後ろから顔を覗かせた魚屋のおじさんは、丸めた腰をトントンと叩いている。

……絶対嘘だ。

いつも『なんでここは三階まで上がらなきゃいけねーんだ!』なんてぼやいてるから、今日は椎名さんをうまく丸め込んで手伝わせたに違いない!



「おじさんいつもシャキシャキしてるでしょ!? 椎名さん騙されてますよ!」

「え」

「千鶴ちゃんはキビシーなぁおい。そんなんじゃお嫁行けねーぜ!?」

「余計なお世話です!」



ぎゃあぎゃあと言い合う私達を、椎名さんはケースを持ったまま静かに眺めていた。


私がサインした納品書を持ち、「まいど!」と元気良く挨拶をしたおじさんが帰ると、真琴ちゃんに魚を渡した椎名さんも厨房から出てきた。

ようやく二人になり静けさを取り戻すと、忘れていた緊張感も戻ってくる。



「……久しぶり」

「お、久しぶり、です」



やっぱり気まずい……まともに目を合わせられないよ。

椎名さんだって、この間は酔っていたわけじゃないんだから、忘れているはずがないし。