唇を噛みしめて憤りを抑えていると、突然専務は私に向かって足を踏み出した。

思わず警戒して後ずさるも、彼は構わず至近距離に歩み寄ってくる。



「な、何ですか……?」

「責任は君にあるんだろう? なら、監査の結果を大目に見る代わりに、僕の言う通りにしてもらおうか」

「は!?」



約三十センチくらいの距離でぴたりと止まった専務は、私を見下ろして突拍子もない命令を下した。



「今後、プライベートで椎名さんに近付かないこと」



──突然椎名さんの名前を出されて、ドクンと心臓が波打つ。

目を見開く私に、専務は満足げな笑みを浮かべた。



「どうして、そんな……!?」

「偽善者も嫌いだから。馴れ合いの部下を庇おうとする、君や椎名さんのような人がね」



偽善なんかじゃないわよ!

と言いたかったのに、彼が私の顎に手をあてクイッと上を向かせたせいで、言葉が喉に詰まってしまった。



「それに、童顔だけど綺麗な君の顔が、苦難で歪むのを見てみたくて」



な、な、何この人ー!!



「悪趣味!!」

「男は女性の顔を歪ませたいと思うものだよ。その多くは快感でだが」

「変なこと言わないでくださいっ!」



猫のように全身の毛がぞわっと逆立つのを感じて、私は彼の手から飛び退いた。

いつまでもこんな人と一緒にいたら頭おかしくなっちゃうわ!