朝田の優しさに触れた日。

あの日から、少しずつ自分を取り戻していった。



久しぶりによく晴れた気持ちのいい朝。

ほんの少しだけれど、病室の外に出てみようかな、とう気が起こる。


小さい頃から、入院して気分が良くなると、いつも母は屋上に連れて行ってくれた。

ぽかぽかした日差しの日を選んで。

だから、屋上はいつでも、私の中でほんわかした思い出だ。

透き通る日差しと、風になびく雲。


部屋に閉じ込められる私を、不憫に思ってのことだろう。

屋上は確かに、私が唯一、外に出られる場所だった。



屋上へ続く、錆びた階段の手すり。

母を思い出さずにはいられない―――



涙をこらえて、屋上へ出る。

どこまでも広い冬の空が、私を迎えてくれる。

曇っている心の中にも、爽やかな風が吹き抜けてくるようだった。



――お母さんは、あそこにいるのかな。



子どもみたいなことを考える。

高校生になって、一人で大きくなったような顔をしていたけど。

やっぱり、一人じゃ何もできないや。

自分の気持ちを、片付けることさえ―――



その時、目の端に見覚えのある背中が映った。



「朝田せん、……。」



呼びかけようとしてやめた。

朝田の横顔が、あまりに悲しげに見えたから。


見てはいけないものを見てしまったような気がして、思わず目を逸らす。

そんな私を、朝田が驚いたように振り返った。



「奈緒さん。」


「先生―――」



私に向ける切ない目。

だけどその目は、私を見つめているわけじゃなくて。

私を通り越して、その向こうにある誰かを見ているようだった。



「恥ずかしいとこ、見られたな。」



朝田が自嘲気味に笑う。



「思い出してしまってね。君を、見ていたら。」



「え?」



「何でもない。……これ、内緒な。」



朝田が、唇の前で人差し指を立てて笑った。


悲しい笑い方だと思った―――