長い黒髪の少女は、うずくまっていた。



夏場にはうっとしいだろう長い髪を、耳の位置で二つにくくっている。



生き生きとした艶やかな黒髪だった。



すぐ近くで祭りがあり、屋台が出ているというのに、少女は一人。



浴衣を着ているのだから、ついさっきまで祭りにでていたのだろう。



それがどうだ。



川を眺めながら、ふさぎこんでいる。



時折花火の明かりが、水に映る。



ゆらゆらとゆれる水面。


黒い瞳がその水面を映しだす。



少女は闇に溶けこんでいた。



そこに誰かがやって来て、迷うことなく少女の隣に座った。



それを当たり前かのごとく無言で受け入れ、少女の唇はかすかに動く。



「ハル。わたしね、夕葉ちゃんが来てから思ったの。わたしは全然幸せじゃないって…」



隣に座った少女は“ハル”というらしい。



ハルは優しく聞き返した。



「どうして?」



「夕葉ちゃんの方が、わたしよりずっと可愛いし、運動だって出来る」



“夕葉”(ユウハ)というのは、ついこの間彼女達のクラスに転入してきた子だ。



どうにもこのいじけた少女は、自分がスポットライトをいつでも浴びていないと、気がすまない性格らしい。



「棗。あたしは、なんにもできなくたって、幸せになれるよ?」



ふわり、と肩に手を置いた。



それだけで“棗”(ナツメ)と呼ばれた少女は落ち着いたらしい。



いや、ハルが隣に来たときから、棗の心は落ち着いていたのかも知れない。



浴衣に下駄の棗とは対称的に、ハルはTシャツに半ズボン、サンダルというかなりカジュアルな装いだった。



「どうやって?」



上目使い気味に聞き返す。



「棗が、幸せでいてくれること」



「わたしが?」



深く、頷いた。



「棗が幸せじゃないなら、あたしも幸せじゃなくなっちゃう」



それから少し冗談めかしてそう言った。



「ならわたしも、ハルが幸せなら幸せ!」



緊張の糸が切れたみたいに、棗の硬直していた体は和らぎ、ハルに笑顔を見せた。



「ありがとう、棗」



ほっとしたかのように微笑む。


「ハル。」



深い声が、彼女の名前を呼んだ。



「ん?」



「ずっと友達でいてね」


その言葉に、ハルは一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。



「もちろん。棗のことは、あたしが守ってあげる」



「へへへっ。ハル、大好き!!」



「…あたしも、大好きだよ」



水面に大輪の花火が輝き、おぼろげな光を散らした。



二人の顔も明るく照す。


「さあ、リンゴ飴でも買って帰ろう?」



「うん」



ハルは棗の手を、強く引いた。



小さな川を後にして。






棗の嘆きEND