その店


「満足かい?」

その人物は
ゆうらりと
風に吹かれた炎のように立ち上がる

杖に思えた手に持つ物は
大きな刀。

水槽の前に座り
頭を下げる私に近寄る。

赤茶けた布が目の前に迫り
白檀の香りが頬をよぎる。

ほら

こんなに近くにきても

男なのか
女なのか

若いのか
老いているのか

私にはわからない。

自分の身長ほどの刀を楽に振り上げ、私の背後に周って冷たい刃先を向ける。

私は両手で身体を抱き
額を床に着ける。

ふと
少しだけ目線が床からずれ
扉の方を見ると私の影が長く伸びていた。

見えるのは私の影だけ
他には何もない。

背中に冷たい刃が入る。
思いのほかの冷たさに驚き
骨を切り裂く音が身体の内側から聞こえた。

痛みよりも喪失。

失われる意識の中
手を伸ばし
赤茶けた布を強く床に下ろすと

そこには何もない

そこには誰も居ない。

遠ざかる意識の中

カラスの鳴き声が聞こえた。

この世のものとは思えない

惨殺された
狂おしい鳴き声だった。