「道場? 何で?」

「一時間目が体育だったろ。その時に道場に柔道着を置いてきちゃったんだよ。で、取り行った」


女子テニス部の部室は部室棟の一階にあって、道場までの通路に面している。
私は柔道着を持った夏野君が、女子テニス部の部室の前を通りかかる様子を想像した。


「本当にそれだけ?」

「それだけ」

「そのわりには、随分長い時間呼び出されてたよね」

「そりゃ、逃げようとする先輩を捕まえる為に、一発殴っちゃったからだろ。当てる所を間違えて、かなりの痣になっちゃったから、まずは保健室行き。俺は説教」

「それだけじゃなかったじゃん」


顔を殴ってたとしたら痣が目立っちゃって、女子としては悲惨だし、普通に目に入る恐れとかもあって危ないけど、今回のは自業自得だろうしスルーする。


「しかし、何だ、ああいうのは。怪我が治った後に本調子が出ないのは可哀想だとは思うけど、だからって逆恨みは筋違いだし、ラケットを盗んで困らせて良いっていう言い訳にはならねぇだろ」

「確かに」


夏野君は長時間の"事情聴取"でさすがに疲れたんだろう、大きく伸びをした。
そのまま、鞄の中に荷物をバサバサと放り込み始める。





.