食堂に入ると、君はごそごそとカバンの中を探りはじめた。
ひら、と出したのはシンプルなデザインのエプロン。

薄桃色のエプロンは、透けるように色の白い君によく似合っていた。

思わず目を奪われていた僕の視線に気付いてしまった君は、ほんのり頬を染めて振り返った。
僕は慌てて目を逸らす。

「じゃあ、春岡くんは食器の準備してもらえる?」

「あ、ああ。」

言われた通りにテーブルの上に箸などを並べていく。
割と器用な方なので、そんな作業はすぐに終わってしまい、手持無沙汰になる。

ふと見ると、君は食堂の奥の方で野菜を切っている。
他に2人のマネージャーが働いていた。

――このまま、正規のマネージャーになったらいいのに。

僕はぼんやりと思った。

最初の自己紹介の時、本当にマネージャーをやりたそうだった。
そんな彼女が、どうしてずっと入らなかったのか不思議だ。
別に他の部活に入っているわけでもないのに。

「春岡くん、終わったら沙耶手伝ってあげて!」

3年生の先輩マネージャーに言われて、僕は慌てて食堂のカウンターの中に入った。

「なんか手伝うことある?」

背中越しにそう尋ねると、君は振り返って考えるような表情をした。

「そだなー、じゃあ野菜、この続きを切ってくれる?私、じゃがいもの皮剥くから。」

「了解。」

君がずっと握っていた包丁が、僕の手に渡る。

料理は、一人暮らしできるくらいには一通りマスターしているつもりだ。
凝った料理は作れるはずもないが、シンプルな料理だったらできる。
だから、野菜を切るくらいなんてことない。

トントン、とリズミカルに切っていると、君は目を丸くして僕の手先を見つめていた。

「春岡くん、なんでそんな上手なの?」

「別に大して上手くないよ。」

「ううん。私より上手。」

尊敬したような目で見つめられると、照れくさくなる。

「カレーとか目玉焼きとか野菜炒めとか、そんな感じのしか作れない。」

「作るんだ。意外。」

意外、なんて言われて僕は微妙な気持ちになる。
ピッチャーの春岡颯太には、一体どういうキャラが一番合っているのか、なんて考えてしまう。

「伊藤は、料理得意?」

「うーん。まあまあかな。小さい頃からお母さんに教わってたから。」

「得意なんだ。」

「まあね。」

照れたように言う君の指先は、じゃがいもの皮をいくつも、くるくると手早く剥いていた。
その包丁さばきからも、彼女の料理の腕がうかがえる。

今までほとんど話したこともなかった君と、こうして隣で話せること。

そして、ひとつひとつお互いに関して知っていくこと。

それがとてもとても大切なことのように思えた。