「春岡くん。」

急に君が真面目な声になった。
僕は、少し緊張して返事をする。

君がこういう声を出すときは、決していい話ではないと知っている。


「あの、ね。……言わなきゃいけないことがあるの。」

「うん。」

「明日、なの。」

「何が?」


そこで言葉を切って、君は潤んだ瞳で僕を見つめた。
僕は、君が何を言っているのか分からなかった。
それは、あまりに唐突過ぎたんだ。


「手術の日。」


それを聞いて、僕は呆然とした。

さっきまではしゃいでいた自分が、まるで馬鹿みたいに思えた。


考えてみれば、沙耶の状態は決してよくないわけで。
だから、入院したんだ。
彼女は、手術を受けるために入院した。

だから、そう遠くない未来に彼女は手術を受けると、漠然と考えていた。

でも、まだだと思っていたんだ。
心のどこかで、まだ先だと、信じていたかったのかもしれない。


「そうか。」


低い声は、まるで僕の声ではないかのように響いた。


「そんな顔しないでよ。」


君はまた無理をしているのか、手術を受ける本人だと言うのに、明るい顔をしていた。


「春岡くんが言ってくれなかったら、私、手術受けないで死ぬつもりだったんだよ。」


僕は、その時、ようやく気付いたんだ。
僕はどんな言葉でも言える。
沙耶を愛する気持ちに偽りはないと、断言できる。

でも、手術を受けるのは君だってこと。
明日、手術が成功しても。
君が目を開けた時、世界はもう――


「沙耶。沙耶。」


僕は狼狽して、何度も君の名を呼んだ。

君は、そんな僕を悲しそうに見つめていたね。

ただでさえ不安な君を、僕はさらに不安にさせてしまったことは、言うまでもないだろう。


「いいの、春岡くん。私が決めたの。大丈夫。」


「沙耶……。」


「大丈夫、春岡くん。」


ベッドの横に跪いた僕の髪に、君は触れた。
子どもをあやすみたいに、何度も何度も頭をポンポンとはたいた。

病人の君に、どうして僕が慰められて、なだめられているのか分からなかった。

でも、愚かな僕は、簡単に君の言葉を信じてしまったんだ。

私は大丈夫、と繰り返す君の言葉を。


どうして僕は、嘘でもいいから「大丈夫だよ」と言って彼女を抱きしめてやれなかったんだろう。

僕よりずっと、ずっと悲しい彼女のことを。


そうすれば、君はその後ももう少し、ほんの少しだけでも……僕を信じることができたかもしれないのに。