君のことを想いながら、いくつの夜を越えたろうね。

君は、一人さびしい夜に僕をほんの少しでも恋しいと、思ってくれただろうか。


何も言わずに君が消えたことで僕は、君の僕に対する想いなどちっぽけで、ガラスの破片ほどのものであると信じ切っていた。

その根拠はどこにもなかったのに、ただそう信じていた。


僕は沙耶を、心から愛していたのだけれど。

そのことには、何の間違いもなかったのだけれど。



そんな日々を過ごしていたから、君からの手紙は唐突で、信じ難いものだった。

色のない世界に突然、色が蘇ったかのような気持ちで、僕は手紙を開いた。




春岡颯太くんへ―――


お元気ですか?
私はまだ、生きています。

連絡もなしにあなたの前から姿を消したこと、とても申し訳なく思っています。
私の家を毎日訪ねてくれたんだってね。
その話を母から聞いて、私は泣き崩れました。
ごめんね。
ほんとにごめん。
春岡くんを苦しませた分、私がもっと苦しめばよかった。
春岡くんが流した涙は、全部私が流せばよかった。
ごめんね。

春岡くんとの約束を守るために、私は今病院にいます。
隣町の、大きな大学病院です。
ここで、私は手術を受けることにしました。

春岡くんと過ごした日々は、とてもとても幸せでした。
毎日が夢みたいで。
こんなに楽しい日々が、これからもずっと続けばいいって、心から思ってた。
いずれ、終わると分かっているからこそ、大切で、大切でたまらなかった。

限界が近付いていることは、自分が一番よく分かっていたの。
春岡くんに心配をかけないようにするのも、もう無理だと悟った。
だから、私、あなたの前から姿を消すことにしました。

分かってる。
春岡くんが本気で、私のこと愛してくれていること。
だけど、やっぱり、私じゃ春岡くんは幸せにできません。
目が見えなくなった私を、変わらず愛してほしいなんて、私には言えない。
私がつらいの。
たまらなくなるの。

だから、さよならしよう。
もう私のことなんて忘れて、誰か他の女の子と幸せになって。

私はそれでも、春岡くんのこと薄情だなんて決して思わない。
春岡くんは、私に「生きろ」と言ってくれた。
死ぬつもりだった私に、生きる力をくれた。

それだけで、十分私、幸せだったよ。

最初から最後まで、自分勝手でごめんね。
短い間だったけど、ありがとう。
さようなら。


伊藤沙耶―――






僕は、この手紙を読んだ時点で君の気持ちに気付くべきだった。
いや、気付くまでもない。
この手紙に書いてあることが、君の気持ちそのものだったのに。


僕は、手紙を握りしめて走り出していたんだ。

決して向かってはいけない、君の元へと――