そんな僕だったから、あの日、自分の教室に初めて入った時。
斜め前の席に君が座っていることに気付いて、こぼれそうになる笑みを必死に止めていなければならなかった。
信じられなかった。
このときばかりは、神様に感謝した。
僕は、中学生の頃からピッチャーとして注目されていた。
そんな僕に言い寄ってくる女の子は多かった。
だけど、まだ、誰とも付き合ったことはない。
本当に人を好きになるということがどんなことか、僕にはまだ分からなかった。
初めてのホームルームで、自己紹介をしよう、と担任が言い出した。
僕は人前で話をするのが苦手だ。
ボールを投げる時は、あんなに視線を集めていても平気なのに。
憂鬱な気分で黒板を睨んでいた。
僕の番になる。
担任に促されて、前に出た。
黒板には、「1、出身中学校 2、入りたい部活 3、みんなへのメッセージ」と書かれていた。
「桐生北中学校出身、春岡颯太。野球部入ります。」
たったそれだけ口にして戻ろうとすると、担任に引き止められる。
「春岡君、みんなへのメッセージは?」
そういうの苦手だから言わなかったのに。
僕は苦い顔をして、小さな声で言った。
「よろしく。」
そんなに不愛想な僕なのに、割れんばかりの拍手が降ってきた。
きっと、僕が有名だから。
ちら、と君の方へ目をやると、一瞬だけ目が合った。
一生懸命に拍手をしてくれていて、僕の心はほんの少し和らぐ。
しばらくして、君の番が回ってきた。
「桐生西中学校出身の、伊藤沙耶です。入りたい部活は特にありませんが、念願だった野球部のマネージャーになりたいです。この高校に合格した時の嬉しかった気持ちを忘れないで、何があっても頑張っていきたいと思います。みなさん、これから一年間よろしくお願いします。」
僕とは比べ物にならないくらいしっかりした自己紹介をして、ぺこり、と頭を下げる。
この間聞いたのと同じ、透き通った声だった。
――伊藤、沙耶。
僕の頭の中を、その名前が巡っていた。
初めて知った君の名前。
だけど、一生忘れることのない名前になるなんて、この頃の僕は知っていたのだろうか。
プリーツスカートの裾を翻すようにして君が席に着くまで、僕は目を離すことができなかった。
斜め前の席に君が座っていることに気付いて、こぼれそうになる笑みを必死に止めていなければならなかった。
信じられなかった。
このときばかりは、神様に感謝した。
僕は、中学生の頃からピッチャーとして注目されていた。
そんな僕に言い寄ってくる女の子は多かった。
だけど、まだ、誰とも付き合ったことはない。
本当に人を好きになるということがどんなことか、僕にはまだ分からなかった。
初めてのホームルームで、自己紹介をしよう、と担任が言い出した。
僕は人前で話をするのが苦手だ。
ボールを投げる時は、あんなに視線を集めていても平気なのに。
憂鬱な気分で黒板を睨んでいた。
僕の番になる。
担任に促されて、前に出た。
黒板には、「1、出身中学校 2、入りたい部活 3、みんなへのメッセージ」と書かれていた。
「桐生北中学校出身、春岡颯太。野球部入ります。」
たったそれだけ口にして戻ろうとすると、担任に引き止められる。
「春岡君、みんなへのメッセージは?」
そういうの苦手だから言わなかったのに。
僕は苦い顔をして、小さな声で言った。
「よろしく。」
そんなに不愛想な僕なのに、割れんばかりの拍手が降ってきた。
きっと、僕が有名だから。
ちら、と君の方へ目をやると、一瞬だけ目が合った。
一生懸命に拍手をしてくれていて、僕の心はほんの少し和らぐ。
しばらくして、君の番が回ってきた。
「桐生西中学校出身の、伊藤沙耶です。入りたい部活は特にありませんが、念願だった野球部のマネージャーになりたいです。この高校に合格した時の嬉しかった気持ちを忘れないで、何があっても頑張っていきたいと思います。みなさん、これから一年間よろしくお願いします。」
僕とは比べ物にならないくらいしっかりした自己紹介をして、ぺこり、と頭を下げる。
この間聞いたのと同じ、透き通った声だった。
――伊藤、沙耶。
僕の頭の中を、その名前が巡っていた。
初めて知った君の名前。
だけど、一生忘れることのない名前になるなんて、この頃の僕は知っていたのだろうか。
プリーツスカートの裾を翻すようにして君が席に着くまで、僕は目を離すことができなかった。

