秋は優しい。

きっと誰もが羨むような婚約者だと私は思う。

秋は東京に住んでいるので、日曜日だけデートをする。

毎回秋が私の町に来て、デートをしていた。


「詩織、久しぶりだね。元気にしてた?」

「昨日の夜電話で話したばっかりじゃない。」

「だめ。会ってこうして話さないと、元気かどうかなんて分からないだろ。」

「秋、今日どこ行くの?」

「映画見に行こう。それから、喫茶店で話そう。いいかな?」

「うん。」


秋の背中を見つめていると、いつのまにか夏目の背中が重なって見える。

でも振り返った彼は、紛れもなく秋で。

そうやって私は、何度も何度も失望を繰り返した。


忘れなきゃ、と思う。


私が向き合うべきなのは、夏目じゃなくて秋だから。


でも、でも。


『小倉も、一途じゃないんだろ、どうせ。』


夏目に言われたことを思い出す。

ほんとだね、だって今こうして、私は秋の隣で笑っているのだから。


だけど。


「詩織、今日予約してる映画、ラブストーリーだよ。」

「どんな?」

「財閥の御曹司と、庶民の女の子が恋に落ちる話。」

「それって、私みたい。」

「え?どうして?詩織のお父さんは大企業の社長さんだろ?」

「ちがうよ。」

「何が?」

「ちがうの。あの人は私の……」


――お父さんじゃない


そう言おうとして口を噤む。


「ううん。なんでもない。」


お父さんはお父さんじゃなくなってしまった。

いつから?

もしかしたら、ずっと前から。

私を迎えに来てくれた時から。


ううん、もっと前……。


そして私は気付いた。


もしかして……お母さんは私を守るために別れたんだ。

だからあの人のこと一言も明かさずに……。


映画に感動したふりをして、秋の隣で私はずっと泣いていた。


ごめんなさい。


心の中で、その言葉を唱えながら。