放課後、帰ろうとして図書室のわきを通った時、夏目が入っていくのを見た。

私は、吸い寄せられるように図書室に向かった。


広い図書室の中では、夏目は本棚の陰になってどこにいるか分からない。

私は棚の間をそっと覗きながら、夏目を探した。

似ている人がいると、ドキッとして身を隠す。

でもそうじゃないと分かると、次の棚の後ろをうかがう。




どうしていないんだろう。




そう思った瞬間、急に誰かに手首をつかまれて、私は声を上げそうになった。


「なんで小倉がここにいるんだよ。」



え……。



おそるおそる見上げると、怖い顔をした夏目がいた。


「あ、いえ……。ちょっと探してる本があって。」

「違う。」

「え?」

「なんで図書室にいるかを聞いているんじゃない。」


夏目が言いたいことが分かった。

私は、怒っているような夏目を前にしても、喜びのような気持ちがわいてくるのを、否定することはできなかった。


「そんなの、先生知ってるでしょ。」

「とぼけるな。……なんで、お父さんと一緒に行かなかった。」

「一緒に住んでるよ。東京には行かなかったけど。」


ふと夏目が意外そうな顔をする。


「じゃあ、どこに。」

「この近く。」

「そうか。嘘じゃないんだろうな。」

「なんで疑うの?」


夏目は久しぶりに、困ったように笑った。



「いなくなってしまうと思ってたんだ。」



そう言った時の、夏目の声が低くて、思わずどきりと胸が鳴った。



「だ、だって、先生が言ったんでしょ。お父さんと一緒に行けって。」



平静を装って言うと、夏目は目を伏せて、長く息を吐いた。



「それが、君にとって最善だと思ったからだ。だけど……、」

「先生?」

「後悔したよ。」

「え―――」



夏目の言葉を、夏目の目に光るものを、私は、信じられない思いで見つめた。



「ごめんな、気付いてやれなくて。お前、いつも俺に助けを求めてたのに。あの日だって。」

「そんなこと。」

「俺、修学旅行の話なんかして。……後で考えたら、何て可哀想なことをしたんだろうって。」



ああ、夏目は罪悪感を抱いていたのだ。

私が苦しんでいるときに、未来の話をしてしまったことを。

そう気付いたとき、私の中で夏目に対する思いがさらに大きくなった。



「いいの。私が悪いんだから。」

「まあ、とにかく……、良かったな。」

「うん。」



夏目は私のことを避けると思っていた。

それなのに、ちゃんと私のこと考えてくれてたんだ。



夏目の仕草や言動から、たまに零れ落ちてくる真心を捕まえるたび、一つずつ夏目のことを好きになっていく。



そして今日もまた一つ、行き場のない思いが胸に落ちて行った。