その日も自習室で勉強していた。

午前中から来ていて、もうすぐお昼だ。

今日の教科は数学。

伸びをしようと椅子を後ろに下げた時、突然視界に映った人がいた。


あ……。


声を出さずに驚くと、その人は笑った。


「小倉じゃないか。2年生なのによくやってるな。」


いつもよりずっと落とした声のトーンが、心地よかった。


「先生。久しぶり。」

「なぁ、ちょっと休憩しないか?」

「え?」

「いいから。」


そう言うと、自分はさっさと自習室から出ていく。

私はあわてて、その後を追った。


ガラッとドアを閉めると、さっきまでの静寂が嘘のように、運動部の掛け声がにぎやかに聞こえてくる。


「先生、何?」

「ちょっと来てくれるか。」


夏目はなんだか嬉しそうだ。私も楽しい気分になって、先生についてった。

夏目が私を連れてきたのは、生物実験室だった。


「小倉、ちょっと目をつぶって。」

「なにー?先生あやしい。」

「いいから。」


促されるままに目を閉じる。


「手を出して。」


なんだかすごくドキドキする。

すると、なにか私の手のひらに、ふわっとしたものが乗った。


「え?」

「目を開けろ。」

「わーーー!可愛い!」


手のひらに乗っていたのは、小さなヒヨコだった。


「先生、これどうしたの?」

「内緒だぞ。」


夏目は私の質問には答えずに、その小さな生き物を愛おしげに見つめた。

夏目にも、こんな一面があることが意外だった。


基本的に夏目は、怖い先生だと思われているから。

私だって、いまだに夏目を怖いと感じることがある。


いつもこんな顔をしていたら、夏目はすごくモテるだろうな。

そんな余計なことを考えてしまった。