学園祭が迫って学校はだんだん活気づいてきた。

智は、相変わらず夏目を追いかけてばかりだ。


「夏目せんせー!こっちにも来てよー!」

「おい待てよ……。今クラス旗見てるんだ。」


そんな二人の掛け合いに周囲も慣れてきた。

なんだかんだ言ってあの二人って仲いいよね、という声が聞こえるようにもなった。


「もう、せんせいったらー。」


智がしゃがんだ夏目の背中に抱き着く真似をする。


「おい、ばか。お前重い。」

「わーん、せんせいのばかー」

「ったく、しょうがないな。今行くから離れろ。」


ほら、結局智に折れてるし。

クラス旗を作っていたのは、他でもない私だ。

簡単に智に負けたことになる。


「後で見に来るから。それまでに下書き仕上げろ。」

「そんなの無茶です。」

「大丈夫だ。お前、器用なんだから。」

「せんせ、早くー」

「わかったよ!」


ごめんな、夏目は最後に小声で言って智の担当場所に向かった。

なんで謝るんだろ。

そもそも夏目がここにいても何も手伝ってもらうことなんかないのに。

夏目がずっと手元を見つめているから、逆に作業がはかどらなかったし……。


そしてふと気付いた。

私は今まで学園祭なんて参加する気、ゼロだった。

でも今は、何度も書き直しながら必死で旗を作ってる……。

自分の内面が変わっていくことが怖かった。


そう、私はずっと「本気」になりたくなかった。

本気になれば、本気になって夢を描けば、本気になって人を愛すれば―――――

人は、守りたいものができてしまう。

そして、その守りたいものを失ったとき人がどれほどつらい思いをするかは、よく知っていたから。


私は夏目の背中を見つめながら、いつの間にか、強く唇を噛んでいた。