三日目はクラスごとに戦跡を見て回った。

夏目はガイドさんの隣を歩きながら、たまに欠伸をかみ殺している。

その顔が面白くて見つめていると、決まって目が合う。

目が合うたびに、誰にも知られないように、うっすらと微笑みあうのだ。


そうして何とか三日目の日程を終え、飛行機に乗り込む。

その時、急に隣に座った人影に、私は心から驚いた。


「智、」

「ねえ、詩織。……あんなこと言って、ごめん。」

「え?」


うつむいた智の横顔をじっと見つめる。

泣き出しそうなその顔は、どう見ても私を責めているようには見えなかった。


「私、詩織がうらやましかったんだ。夏目先生は篠原さんじゃなくて、詩織のことを愛してる。それが分かるから、うらやましかったの。」

「どうして、」

「分かるよ。だって、夏目先生は詩織と何かある度に落ち込んでた。なにかある度に喜んでた。そこには篠原さんの影なんてなかった。私だって、夏目先生のこと好きだったんだもん、そのくらい分かるよ。」

「ごめん。ごめんね、智……。」

「謝らないで。詩織は悪くない。私より前に、詩織は夏目先生のこと好きだったんだもん。それなのに、騒ぎ立てたのは私の勝手。それで、詩織のことも苦しめてたって、そんなこと全然気付けなくて……。ほんとにごめん。」


頭を下げた智の頬を、涙が伝う。

私も言わなきゃ。

気が急いてなかなか出てこない言葉がもどかしい。


「智、謝らなきゃいけないのは私だよ。……黙っててごめん。智が本気で先生のこと好きだって、分かってたのに。分かってたから……。」


視界が歪んで、智がぼんやりと映る。

その視界の中で、智が微笑んだように見えて、私は慌てて涙を拭った。


「智、」

「もうケンカはやめよ!ケンカしたっていいことはないよ。私たち、友達でしょ?」


そうだね。

ケンカをしてもいいことなんて一つもない。

ケンカなんて、この世で一番しちゃいけないこと。

言ってはいけないことは、何があっても言ってはいけない。

その一言が、相手をどれほど傷つけるか。

それを考えることもなくて、私は―――


「智ー!!」


思わず智の胸に倒れこむと、智も泣きながら手を握ってきた。


「もう、詩織!私どれだけ寂しかったか分かる?私の修学旅行返してよ~!」

「私だって寂しかったもん!一人で水族館とか!」

「ね、今度一緒に行こうよ!沖縄!大学生になったら、バイトとかたくさんして!」

「そうだね!そうだね、智!リベンジだね!」


言いながら、本当に嬉しかった。

智と仲直りできるなんて。

こんなふうに話せるなんて。


智がにやりと笑う。


「詩織、先生と何かあったでしょ?」

「え?何かって。何よ……。」

「もう!友達ならそのくらい打ち明けてくれたっていいでしょ!」

「別に何もないよ。だけど、先生に大事な言葉、貰ったよ!」

「詩織、夏目先生を、篠原さんから取り返してくれてありがとう!」


私もにやりと笑う。


「うん!」


それからは、空港に着くまでずっと智といろいろな話をした。

幸せで幸せで、どうにかなりそうだった。

時が止まればいいと、本気で思った。


でも、家は、着実に近づいてくる。

私が帰りたくないあの家。


あの人が待つ、あの家が……。