夏目の部屋の前で立ち止まる。

耳を澄ませても、何も聞こえなかった。


――寝ちゃったなら、本当に迷惑だよね。


私は部屋に戻ろうかと思い、自分の部屋のふすまに手を掛ける。


でも……。


そばにいるのに夏目に話しかけに行かない自分は、逆に不自然なのではないか。

そんなよく分からない思いが心の中を駆け巡る。

そして、夏目の部屋のふすまに手を掛けて、離して、を繰り返していたら、急に部屋に明かりがついて、勝手にふすまが開いた。


「いらっしゃい。」

「え、先生。」

「そのかわり、もう忘れるのはなし。君の本音が聞きたい。」

「……。」

「すべて、話してほしい。苦しくても、話してほしい。俺も……今なら話せるから。」


すべて、が何を意味しているのか、そんなことは明らかだった。

夏目の言うすべてとは、何もかも、すべて、ということだろう。

簡単にはうなずけなかった。
当たり前だ。

なぜなら夏目は私の大切な人だから。

すべてを受け入れてほしいと思っても、それは無理だ。

話してしまった瞬間に、夏目の中で私は存在できなくなるんだ。


「ほら、入れって。」


夏目が私の背中を押して、ふすまを閉めた。

ついている灯は、夏目の枕元のひとつだけだ。

薄暗い部屋に夏目と二人きり。

私はなす術もなく、そこに立ち尽くしていた――