「夏目先生!」

「小倉。」


振り返った夏目は、驚いたような表情を浮かべていた。


「また一人なのか?」

「先生、海きれいだね!」


夏目の質問には答えずに、隣に立って海を見つめる。

横顔に視線が注がれるのを感じながら、次の言葉をじっと待っていた。

夏目はためらうように何度か息を漏らした後、言った。


「小倉……、ずっと思ってたんだけどさ。」

「なに。」

「お前じゃないよな。」

「え?」

「犯人、お前じゃない。」


時が止まったように思えた。

夏目の言葉が一瞬信じられなくて、何回も瞬きをする。


でも少しして、本当に夏目の口から発せられた言葉なのだと理解したら、今度は何も言えなくなってしまった。


海がにじんで、キラキラとした光だけが視界を埋め尽くす。

こくり、とかろうじて頷くと、その光のかけらがゆらりと揺れて落ちた。


「すまなかったね。ひどい事を言って。」

「ねえ、先生?」


震える声で口を開く。

今だ。

今この瞬間以外に、こんなこと言えない。


「先生、篠原さんと付き合ってるの?」


夏目は一瞬戸惑った顔をして、頷いた。


「ああ。」

「先生、今幸せ?」

「幸せだよ。」


夏目は即答する。


「そう。ならいいよ。でも、」


夏目はいつのまにか私から目を逸らして、海を見つめていた。

これから私が言おうとしている言葉は、夏目のことも苦しめることになるだろう。

私はそれが嫌だった。

夏目を苦しめるくらいなら、自分がその倍苦しんでもいいと思っていた。


でも、もう。


これが夏目を救う手段なら。




「先生、あの人、篠原さんは悪魔だよ。」