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「ボタン押せないー!」
そう言って、ケータイのボタン上でジャンプする彼女は、友人にメールを送りたいらしい。
ハンカチを切って作っただけの衣服も彼女が着れば、ビスチェのドレスに見え、跳ねるさまはさながら、花でも舞っているかのようでこのまま見ていたいけど、むーと睨まれてしまえば、見納めだ。
「今絶対、ガラケー所持者の私をバカにしたよね」
「するわけないよ。可愛いとしか思っていない」
「それがバカにしてるんだよーっ」
パコパコと俺の膝を叩く彼女。
未だにベッド上にいるのは、彼女を持って移動するのが怖かったからだ。それに床よりベッドの方が柔らかく温かいだろうし。
「メール、代打ちするよ。なんて、送る?」
「一身上の都合により、本日欠席。先生に代わりに謝っといて。宛先、千恵」
了解し、ポチポチ打っていく。スマホにしてから半年以上経つ身としては、この押す感覚はなかなかに懐かしい。『時代の流れにあえて逆らう』と、彼女はこのケータイを使い続けているわけだけど。
「このケータイ、使って何年目?」
「ええと、三年経つかな」
俺よりも聖と付き合いが長いケータイか。
知らずと親指に力が入る。軋んだ音が鳴ったが、この程度では壊れないらしい。
物持ちいいねと、彼女の横にケータイを置いた。
「あ、千恵ったら返信早い」
どれどれと彼女の代わりに人差し指を動かす。ベッド上に置いたままメールを覗けば、『承知っ』の言葉と。
『夜鞠さんと夜過ごしたんだもんねー、立てないほどかー。先生にはいいように言っておくからさー。
そういえば、なんで聖は、夜鞠さんのこと、夜鞠くんって呼ぶの?三つ年上でしょ?』
「余計な勘ぐりされたっ」
うわーとケータイの上で頭を抱える彼女だった。
「夜鞠くん、『夜鞠くんの激しいプレイのせいです』と返信してっ」
「俺のせいにするんだ。ーーそれで?」
「へ?」
「返信の続き。どうして聖は、俺を『夜鞠くん』って呼ぶんだ」
実を言えば気になっていた。
聖がどう呼ぼうが、その声が俺を求めてくれていると実感出来るだけで問題はない。だからこそ、聖の好きに呼ばせていたが、友人からも不思議に思われる謎。
答えを持つ彼女は顔を伏せていた。
「や、夜鞠くんは夜鞠くんだから」
小さくて分かりにくかったが、声で彼女の思いを察する。
「恥ずかしいこと?」
桃色に染色された頬、両手で隠された。
「そ、その、夜鞠くんは、大人だし、私よりも、だから敬うって言うか、でも、恋人だから『さん』付けはよそよそしく思えて、でも呼び捨てはと考えたら、だから……」
彼女が普通サイズなら、押し倒しているところだった。
可愛らしさの塊だ。どうしてしまおうか、と胸がむずがゆくなってしまう。
「聖の好きに呼んでよ、嬉しいから」
胸の高鳴りを押さえつつ、返信を打っておく。すぐに返事は来たが、きりがないからここまででいいと次は。
「お母さんに……」
言いかけた彼女は、どうやら迷っているらしい。


