「……残月」





 ひび割れ、かすれた囁き声に、俺は、閉じていた目を黙って開けた。

「……」

 海の見える小高い丘の頂に。

 俺は、工藤と共に横たわって、月を見ていた。

 二等兵、と言う。

 軍では、最も下の階級を持つ、若く痩せ細ったその男の他に、近くには、誰もいなかった。

 他には何もなく。

 文字通り、何もなく。

 水も食料も、弾薬もなく。

『敵』もなく。

 ただ、うだるような暑さと。

 紅い月の光だけがあった。



「……残月、起きてる?」

「……なんだ?
 工藤」

 俺の声に、工藤は、小さく呼吸を整えて、言った。

「僕と……取り引きをしないか……?」

「……」

「……残月は、その『山田軍曹』でいるの、辛くない?
 残月の見かけは三十代を超えて……見えないのに。
 山田軍曹は、今年五十でしょう?
 童顔だから、ってごまかすのも……
 ……そろそろ限界だよね?」

「……」

「それに、残月が最後に血を飲んだのは……確か、三日前……それも、たった一口だけだ。
 相当、喉が渇いてないか?」