暗やみに、血にまみれた包丁が輝いた。
――父の血にまみれた刃が。
「ゆりちゃん……やっと二人きりになれたね。どれだけ待ち望んだか」
小太りのそのメガネ男は、生臭い息を吹きかけながらあたしに近づいてきた。
「これから僕と君の愛の生活が始まるんだ。君と僕の子どもはどんな名前にしようか? ああ、それより早く君を愛したいよ」
ハァハァ、と汚い鼻息が、不愉快だった。
涙が、溢れる。
この狂人が。父を刺したんだ。
あたしは、こんなやつ好きな訳がない。
「……ぃ」
「なんだい?」
「アンタなんか嫌い! 大っ嫌い! この世で一番嫌いよ!!」
あたしは、憎しみを全て男に向けた。
「お父さんを、お父さんを返せええっ!!」
あたしは手近にあった板で、男を殴り付けた。
そして――
「おまえは僕のゆりちゃんじゃないいっ!!」
男の持っていた刃が――あたしの胸に目掛けて振り下ろされたけど。
咄嗟に足を突き出し、致命傷は免れた。



