……だけど。
ドスっと、変な音がして。
唐突に、父が呻いた。
「お……とうさん? どうしたの」
「ゆず……に……げろ!」
父は……
あたしを庇うように立ちはだかりながら、逃げろと叫ぶ。
二度、父の体が揺れた。
「きゃあああっ!」
異変を感じた近くの女性が悲鳴を上げ、それをきっかけに周りから人が消えた。
「刃物を持ってるぞ!」
「人が刺された! 早く救急車を呼べ!」
救急車……
刺された……誰が?
「ゆず……逃げ」
血まみれの父の指が、行き先を指し示す。
「逃げろ! おまえだけは生き残れ!」
その瞬間、あたしは弾けるように駆け出した。
人混みを掻き分け、ただひたすら走る。携帯を探したけど、落としたのかポケットにはない。
早く! 早く!! 家に帰ってみんなに連絡してお父さんを助けなきゃ!
そう思い次に人を掻き分けようと伸ばした手が、とられて。
あたしは、暗がりへ――闇へ引きずり込まれた。



