マンションには戻らずに町田の自宅へ向かう。
妹たちは学校へ、父は事務所で母の仕事の後片付けをしている。

広い家に一人きり。
母の寝室へ入り、クローゼットを開けた。

母は立花美香とおそろいの服を持っていた。
コート、スカート、ワンピース。
ブランド物のバッグにハイヒール。

彼女たちは歌手をやめ、女優になった。
プライベートでモノをそろえる必要が、どこにあったのだろう。

チェーンのついた赤いハンドバッグ。
中身は空だった。

倖太が探しているガラスの靴はここにはない。
本来なら立花美香が持っているはずだ。

……この家にはない。

彼女を殺したのは母さんじゃない。
そう思いたいが、死の間際に「見つけられない」と言った。
普通なら見つけられない場所なのだろう。

『普通』なら。

母の、立花美香への想いは、どう考えても『普通』の範疇じゃなかった。

家族に何も言わず、彼女は青森へ帰ろうとした。
実家に預けようとしたんだろうか。

それもおかしい。
何年も帰らなかった故郷に、逃げ込もうとするだろうか。

口うるさい普通の母親だと思ってた。
2時間ドラマで主役を演じる、よくいる女優だと思っていた。

蓋を開けてみれば、僕は母のことを何も知らなかった。


もっと話しておけばよかったよ。