久しぶりに足を向けた教室の廊下。
もう二度と帰ってこないと決心したこの場所に、私は今、立っている。


担任の顔を見たら、冷静ではいられないかもしれない。
それに、私がここに戻ってくることを望んでいる人なんて、一人もいない。



でも、こうするより他に仕方がないんだ。
特別な生徒ではなく、一人の生徒として先生と関わるためには。



私が欲しいのは、「特別」じゃない――



勇気を出して、午後の教室に足を踏み入れた。
まだ昼休みなので、人はまばらだけれど。
一斉に私に視線が注がれるのが分かる。

突然来てしまったのはいいけれど、きっと夏からは席替えだってしているだろう。
私は一体、どこに行ったらいいのか分からなくて、立ち止まってしまう。


浅はかだった。
もう少し考えてから、行動すればいいものを。


「笹森、さん。」


女の子の声で呼ばれて、私は驚いて振り返った。
私の名前を覚えている人がいるなんて、正直思わなかったのだ。


「席替え、くじだったんだけどね。えと、笹森さんの席、ここだよ。私の隣。」


そう言って、その子は柔らかく微笑んだ。
私は信じられない思いで、その子を見つめた。


「いいの?」


「え?」


「私、帰ってきてもいいの?」


気付いたら、ぽろりとそんな言葉が零れ落ちていて。


「あたりまえじゃん!」


その言葉を、ぼうっとした頭の中で聞いた。


「ありがとう。」


小さな声で言ったのに、その声はちゃんと届いたみたいで、その子は軽く頷いて見せた。


どうしてだろう。
こんなに簡単に手に入るものだったなんて。
私だって、ずっとほしかったんだ。
一人は嫌だったんだ。

こんな温もりを、密かに、ずっと欲していた――


背中を押してくれたのは、一回しか会ったことのない先生だなんて、自分でも信じられない。
それに戻ったからって、会えるとは限らない。

でも、あの日から一度も会えない先生に、こうして一歩だけ近づけたことを、自慢したいような気持ちでいたんだ。