冬の5時は、もう真っ暗だ。
母は一時間ほど前に起きて、メイクをして家を出て行った。

あの日以来、母とは一言も口をきいていない。
その代りに、暴力を振るわれることも、もうなかった。


高校の帰りに、こっそりバイトをして貯めたお金で買ったワンピース。
私の、一番のお気に入り。

この時期には少し寒いけれど、その上にコートを羽織って行く。

そう言えば、私服で先生に会うのは、初めてだと実感する。



公園には、いつもの青い車が止まっていた。
ひっそりと、まるで、砂漠に照る青い月のように。



私が近付いても、先生は運転席で目を閉じている。
その横顔が、街灯の光に照らされて、青白く輝く。

その頬は、とてもなめらかで、そして、冷たそうだった。

本当に息をしているのか、確かめたくなってしまうほどに―――



コツ、と窓を叩いてみる。



先生の瞼が、ゆっくりと開いて、そして、驚いたように一度瞬きをした。




「ああ、すみませんね。」




ドアの鍵が開く音がして、先生が助手席側のドアを開けてくれる。



「先生、疲れてるんですか?」


「いえ、大丈夫ですよ。さ、乗ってください。」



先生はにこやかに笑って、私の手を引く。



「では行きましょう。」


「どこにですか?」


「内緒。」



何度見てもかっこいい、先生の運転する姿。

先生の私服は、いつものシンプルな白いシャツではなく、お洒落な柄のシャツだ。
ネクタイはしていなくて、前を少しだけ開けている。
ジャケットはいつも着ている黒ではなくて、薄いグレーだった。



「お洒落ですね、笹森さんは。」


「え……、先生だって。」



さりげなく褒めてくれたことがとても嬉しくて、私はドキドキしてしまう。

先生が一体どこに連れて行ってくれるのか、私は期待に胸を膨らませていた。

もう辺りの景色は、知らない街に変わっていたんだ―――