「あ、先生。アドレス、登録してくれましたか?」


「ええ。しましたよ。」



先生は頷くけれど、本当にできているのか怪しい。

そこで私は先生の胸ポケットに入っているケータイに、そっと手を伸ばす。



「あ、こら。笹森さん、何をするんですか!」


「ほんとに登録してるか確かめたいだけです。」


「どうぞ。今日の笹森さんはなんだか、落ち込んでいるのだかおてんばなのか分からないですね。」


そう言って苦笑する先生の横で、自分の名前を探している私。
ほら、やっぱりない。


「たぶん、見つからないと思います。」


「え?」


「見付からない名前にしましたからね。」


そう言われて、はっとする。

私は何も考えずに、「天野陽先生」と登録してしまった。
でも、もしも誰かにケータイを見られたら、何か勘繰られても仕方がない。


「なんて名前で登録したのですか?」


「内緒です。」


先生は小さく笑う。


「教えてください!」


「それはできません。」


頑なな先生に恨めしい目を向けた後、私は一生懸命探した。


「先生、実は登録してないんじゃないですか?」


「まったくもう……仕方がないですね。」


先生は、片手を額に当てながら、照れたような声で言った。


「ゆいこ」


「え?」


「絶対分からないでしょう?」


ゆいこ……。


確かに分からないけれど。



「じゃあ、私も登録名変えますね。」


「何にするんですか?」


「内緒です。」


「私は教えたじゃないですか。」


「ぜーったいに教えません!」



そう言いながら、私は登録名を変更した。



ようこ。



これは、ばれたらさすがの先生でも怒りそうだ。



「メールは得意ではないので、気長に待っていてくださいね。」


「それはもう学習済みです。」


「そうでしたか。」



笑い声が重なって、準備室が静かではなくなる。
この瞬間が、永遠に続けばいいと願ってしまう私は、やっぱりまだ子どもなんだろう。

現実が見えていないことも、見ようとしていないことも。


だけど、願わずにはいられなくて。