「分かりますか?」

「はい。あ、でも先生?」


先生を近くに感じながらも、数学に集中することで都合の悪いことを考えないようにした。
先生の存在を、儚いものと思いたくなくて。


「それは次のページの内容ですね。」


ぺら、とページをめくろうとして、先生と指先同士が触れ合った。

たったそれだけのこと。
それだけのことで、涙がこぼれそうになる。

やっぱり、どうしたって。
忘れることなんてできないんだ。

先生を好きな気持ちも、先生の病気のことも。



愛すれば愛するほど、先生を失ってしまう予感が胸に迫ってくる。
それが、とてもとても、怖い。




触れただけの指先が、ぎゅっと握り返される。




私は、驚いてシャーペンを取り落す。
カタン、という音が静かな準備室に響いた。



顔を上げると、先生がじっと私を見つめていた。

私は、先生の目を見返すことさえできなくて。

代わりにどんどん頬が熱くなってくる。



「どうしてそんなに、寂しそうな顔をしているの?……唯。」



先生の声に、すべてを話してしまいそうになる。

だけど、話したところで変わらない。

未来は、変わらないんだ―――



「唯は、私の前では笑っていなくてはいけませんよ。」



「先生……。」



先生に唯と呼ばれると、胸の奥から愛しさが込み上げてくる。



「私が、君を笑わせるから。」



きっと真っ赤になっているであろう首筋に、先生は優しく顔を埋めた。

私はもう、指先まで夕焼け色に染まっている。



「もっと甘えていい。」



先生の艶やかな声が、大人の香りを連れてくる。

先生が触れたところが、熱くなってくる。

だけどその優しさが、私をどれほど悲しくさせるか、先生は知らないでしょう?




「先生、」



「今日はここまで。」



先生は、すっと立ち上がって私に背を向けた。
この前と同じだ。


ということは―――


私は、先生の顔を見ようと正面に回り込む。

しかし、それを察知した先生は、すぐに私に背を向ける。



「先生、怪しい。」


「何ですか、笹森さん。」



振り返らない先生が、どんな顔をしているのかが知りたかった。
でも、それを知るのが怖いような気もしていて。

結局、私に向き直るころには、先生はいつもと同じ表情をしていた。
なんだか少し、名残惜しい。



幸せが、悲しみを連れてくる。



先生との恋は、これからもずっと、その繰り返しなのだと思い知る。

だけど、それでも先生のことが好きで。
大好きだから。

私は天野先生のそばにいたい。



先生にとって、私がどんな存在でも、もうよかったんだ―――