――お母さん、それは違う。


いつだって、母に反論したことなんてなかった。
反論しても無駄だって、諦めていたんだ。

運命のせいにして。

だけどね、お母さん。
私、思うんだ。

このままじゃ、傷付け合うだけだって。
誤解を重ねて、憎しみが増していくだけだって。



「は?違うって何が?」



口元にだけ笑いを浮かべて、母が冷たく言い放った。
私は、思わず口を噤みそうになる。



だけど。



左手の小指に光る指輪をぎゅっと握って、私は息を吸った。




「お母さんは、誤解してる。」




黙って私を睨みつける母親。
でも、私はめげない。



「私、大路さんに襲われそうに、」



「やめろよ!!」



そう怒鳴った母親の目は揺れていた。
さっきまでの刺すような視線は、悲しみの色に霞んでいた。



私は、この時母の気持ちを理解した。



「分かってたんだね、お母さん。」




母は、真実に顔を背けても、大路さんの愛を疑いたくなかったんだ。
自分の娘に手を出そうとした大路さんのこと、本当は許してなんていなくて。

だけど、歪んだ真実を、本当のことだと思い込むのに必死だったんだろう。




「うるせーよ!!」



突然立ち上がって、私に殴り掛かってきた母。
でも、私はひらりと身を翻してよけた。

よけようと思えば、よけられたんだ。

いつだって、母に暴力を振るわれることで償おうとしていた私。
私に暴力を振るうことで、自分を守っていた母。

もう、そんなのやめよう。

だって、先生が言ってくれたから。



「唯は、もっと自分を大事にしなくてはいけないよ。」



と。




――お母さん、教えて。お父さんは、本当に私のせいで自殺したの?



今までずっと胸に抱えてきた疑問。
この疑問のせいで、私はずっと苦しんできた。
罪の意識に苛まれて、毎晩同じ悪夢を見続けて。



でも、まだ聞けない。

お母さんのことを、もっと追い詰めることになるから。



私は、力なくソファーに座り込んだ母を見つめた後、そっとドアを閉めた。