「笹森さん、いつまでもここにいるわけにはいかないでしょう。」


そう言われると、帰るしかなくて。
でも、頷くのはあまりにも苦しい。


気付くと頬を涙が伝い落ちていた。


「どうしたの。」


答えられない、答えられないよ先生。

止まらない涙を、自分でもどうすることもできなくて。


「笹森さん……。」


先生を、また困らせているのは分かっている。
だけどもう、先生は知っている。
私の秘密を知っているのに。


「帰るんですよ、笹森さん。」


首を振ろうとしたその時、先生が発した言葉が信じられなかった。


「私の家に。」


言葉の意味が分からずに、先生をただ見上げる。
先生は、切ない表情で私を見下ろしていた。


「自分の家に帰れなんて、言えるわけないでしょう。」


その言葉に、違う意味の涙が溢れだす。

信じられなかった。

先生がそんなこと、言ってくれるなんて。


「行きますよ。」


頷くと、先生はふっと笑った。
その微笑みに、吸い込まれそうになる。

寒さも、手の震えも、いつも間にか収まっていた。


きっと先生の奥さんは、懐が深い人なんだろう。
先生の奥さんなんだから、当然かもしれない。


そう思うと、切なさが込み上げてきて止まらないけれど。


それでも私は、好きな人のそばにいられる。
それだけでいいんだと、そう思ったんだ。